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by nanasan1029
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オーロラ:天使?天使の翼?part-1 ☆

オーロラ:2012.4 スウェーデン北部でまるで天使の翼を思わせる緑と紫色のオーロラが現れた。その他北欧でも天使のようなオーロラが…。是非ご覧下さい☆【キーワード】:#オーロラ, #オーロラ画像, #オーロラ時期, #オーロラ鑑賞


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“天使の翼”、ラップランドのオーロラ

スウェーデン北部、ラップランド地方にある少数民族サーミ人の村に出現したオーロラ。鮮やかな緑色と紫色の光は、まるで天使の翼を思わせる。

高層大気中の酸素分子や水素分子は、太陽から飛来する荷電粒子との衝突によってエネルギーを獲得する。余分なエネルギーが光として放出されると、オーロラが観測できる。  
(National Geographic News 2012.4.12)



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オーロラ (英語: aurora) は天体の極域近辺に見られる大気の発光現象である。極光(きょっこう)ともいう。北極近辺では北極光(northern lights、 Aurora Borealis)、南極近辺では南極光(southern lights、 Aurora Australis)とも呼ばれる。以下本項では特に断らないかぎり、地球のオーロラについて述べる。


a0028694_9205259.gif神話や伝承

オーロラという名称はローマ神話の暁の女神アウロラ(Aurora)に由来する。名付け親はフランスのピエール・ガッサンディという説がある一方で、イタリアのガリレオ・ガリレイという説もある。

中国や西欧ほどの緯度ではオーロラの活動が活発な時にオーロラの上の部分、赤い部分が見える。このことから中世ヨーロッパではオーロラの赤から血液を連想し、災害や戦争の前触れ、あるいは神の怒りであると解釈していた。また中世までのヨーロッパでは、オーロラを「空に剣や長槍が現れ」て動いた・戦ったと表現することが多い。これはオーロラの縦縞が激しく動くさまを表している。

『そのころ、アンティオコスは再度のエジプト攻撃の準備をしていた。折から、全市におよそ四十日にわたり、金糸の衣装をまとい、槍と抜き身の剣で完全武装した騎兵隊が空中を駆け巡るのが見えるという出来事が起きた。すなわち、隊を整えた騎兵がおのおの攻撃や突撃をし、盾が揺れ、槍は林立し、投げ槍が飛び、金の飾りやさまざまな胸当てがきらめいた。そこで人は皆、この出現が吉兆であるようにと願った。』(マカバイ記二, 5章 1,2,3,4節)

ただし、彗星も空に現れる凶兆とされていたこともあって、オーロラなのか彗星なのか判別できない記述もある。

古代中国ではオーロラは天に住む赤い龍に見立てられ、やはり西洋と同様に政治の大変革や不吉なことの前触れであると信じられていた。この他にも古代中国には赤い蛇のような体を持ち、体長が千里におよぶとされる燭陰という神がいた。中国の神話学者・何新は、大地の最北極に住む燭陰はオーロラが神格化されたものではないかと論証している。その一方で中国の考古学者・徐明龍は、燭陰を、中国神話の神である祝融と同一神であるとし、太陽神、火神ではないかと述べている。

北欧神話においてオーロラは、夜空を駆けるワルキューレたちの甲冑の輝きだとされる。北欧ではオーロラにより死者の世界と生者の世界が結びついている、と信じている人が未だにおり、またエスキモーの伝説では、生前の行いが良かった人は死後、オーロラの国(実質的に天国のこと)へ旅立つということになっている。


a0028694_9205259.gif近代

近代以降、両極を探検した人々がオーロラを記録に残し始めた。ジェームズ・クックは、1773年2月の航海誌に「天空に光が現れた」と残しており、世界で最初に南半球のオーロラを見たヨーロッパ人であると言われている。

オーロラを世に広く知らしめ、社会のオーロラへの関心を大きく高めた出来事としては、ジョン・フランクリン隊の遭難が挙げられる。フランクリンは北西航路を発見するために1845年に出港し、その後行方不明となった。消息の途絶えたカナダ北部へとフランクリン隊を探すために多くの救助隊が向かい、そこで見たオーロラを報告書や回顧録に残したのである。

両極を探検した人々もオーロラを手記や記録に残している。フリチョフ・ナンセンの著書や日記には木版画や絵画のオーロラが掲載されている。また白瀬矗は1912年3月に南極から帰る際に現れたオーロラをスケッチし、報告書『南極』に残している。ロバート・スコットも日記にオーロラの様子を残している。

『折り畳まれ、揺れる光のカーテンが空に立ち上がり、そして広がり、ゆっくり消えて行く。かと思うと、また生き返る。このような美しい現象は、大自然への畏敬の念を持たずに見ることはできない。

オーロラが人の心を動かすのは、なにかとらえ難い、霊妙な生命にあふれたもの、静かな自身に満ちて、それでいて絶えず流れ来るものを暗示することによって、人々の想像力を刺激するからである。』


日本社会へは1934年に開始された南極海での捕鯨により、オーロラが少しずつ紹介され始めた。


a0028694_9205259.gif研究史

オーロラの発生原理については、古くから多くの科学者たちが解明に努めてきた。特に18世紀から19世紀にかけてのオーロラ研究は電磁気学の誕生と発展そのものである、と言う研究者も居る。

エドモンド・ハレーは1716年3月にオーロラを観測して論文を発表した。ハレーはオーロラの縞模様と球形磁石の磁力線と一致しているのを認識し、「磁気原子」という仮想の原子が地球内部から吹き出して来て、それが磁力線にそって発光するのではないか、という仮説をたてた。フランス人のド・メラン(en)はこの説を支持しなかったが、ジョン・ドルトンやジャン=バティスト・ビオは支持した。特にビオは、「磁気原子」の噴出は火山の噴火によるものだと主張した。

ド・メランは1733年にオーロラに関する世界初の学術書を書いた。その中でド・メランは巻雲を原因とする説を退け、地球外物質を原因とした。黄道光を作る物質が地球の大気圏で発火する、という説を唱えたのである。太陽黒点の数とオーロラの発生頻度に相関関係があることを発見したのもド・メランである。

その後1741年、アンデルス・セルシウスとその助手Hiortёrはオーロラが発生すると地球磁場も変動するということを発見した。またアレクサンダー・フォン・フンボルトは1845年から1862年にかけて刊行されたコスモスの1章を割いてオーロラについて述べている。彼はベルリンからアルプスの高山から赤道から極地まで地球磁場を準定量的に測り、ロシアとイギリスの王立協会に地磁気観測所を進言して設立させ、地磁気の擾乱が全球的なものであることを突き止めた。そして、世界中の磁場が乱れて高緯度地方に強いオーロラが出たり低緯度地方にオーロラが出たりする現象に対し、フンボルトは「地球磁場のカミナリ」という新しい術語を作った。20世紀中に開かれた国際会議により、この現象は「磁気嵐(Magnetic storms)」と再命名されている。

19世紀末、X線の発見やジョゼフ・ジョン・トムソンによる電子の発見により、真空管を用いた実験が盛んであった。トムソンは自著の中で放電管の光とオーロラの光は同一であろうと述べている。ノルウェーの物理学者、クリスチャン・ビルケランドは1896年の時点で、太陽から高速で飛んでくる電子が地球の大気に突入して光ったものがオーロラではないかと考えた。そして数多くの遠征や小さな地球を模した磁石による実験(後述)、地磁気擾乱の解析などを経て、1913年に研究結果を1冊の本にまとめた。この本の中で彼は既に、オーロラに沿って流れる大電流について述べている。

a0028694_9205259.gif発生原理

2012年現在では、オーロラの発生原理は以下のように考えられている。太陽からは「太陽風」と呼ばれるプラズマの流れが常に地球に吹きつけており、これにより地球の磁気圏は太陽とは反対方向、つまり地球の夜側へと吹き流されている。太陽から放出されたプラズマは地球磁場と相互作用し、複雑な過程を経て磁気圏内に入り、地球磁気圏の夜側に広がる「プラズマシート」と呼ばれる領域を中心として溜まる。このプラズマシート中のプラズマが何らかのきっかけで磁力線にそって加速し、地球大気(電離層)へ高速で降下することがある。大気中の粒子と衝突すると、大気粒子が一旦励起状態になり、それが元の状態に戻るときに発光する。これがオーロラである。発光の原理だけならば、オーロラは蛍光灯やネオンサインと同じである。プラズマシートが地球の夜側に形成されるため、オーロラは基本的に夜間にのみ出現するものである。しかし昼間にもわずかながら出現することがある。

どのようにして太陽風が地球の磁力圏に入り込むのか、なぜプラズマは特定の部分にたまるのか、何がきっかけで加速されるのかなど、発生原理の肝要な部分については未だ統一した見解はない。最も有力な説は、入り込む理由や加速される理由を、地球の磁力線が反対向きの磁力線とくっつくこと(リコネクション)に求める説である。

オーロラが突如として一気に広がる現象をブレイクアップという。日本語ではオーロラ爆発とも訳される。空から突然光が噴出し全天に広がり、色や形の変化が数分間続く。このブレイクアップに関しても、発生原因や発生過程などはあまり分かっていない。


a0028694_9205259.gif放出されるもの「 可視光」

オーロラの色は、宇宙からの粒子が大気に衝突する際に何の成分に当たったかだけではなく、どれくらいの高度で、どれくらいの頻度で、どれくらいの時間をかけて衝突し、どれくらいのエネルギーを与えられて励起し、どの基底状態に戻ったのか、など様々な要素が複雑にからみ合って決まる。さらに、太陽光から特定の波長のみ吸収して起きる(共鳴散乱)オーロラがあるという説もあれば、励起する際に原子軌道から跳ね飛ばされた電子(二次電子)が別の原子を励起して別の色を出すこともある。

しかし実際には観測される色と出現する高度にはおおまかに相関関係がある。

高度およそ数百キロメートルにある窒素分子が、入射してきた電子によりイオン化され、励起・発光すると301.4ナノメートル近辺(青)と427.8ナノメートル近辺(紫)の光をだす。どちらもオーロラの色に幅がある。青紫色のオーロラは、発光するための機構が複雑だったり、人間の目が不得手な波長だったりすることから、肉眼で観測できるのは非常に珍しい。

高度がおよそ150から200キロメートルよりも高い領域では大気の密度が低いため、エネルギーの小さい電子でも酸素原子を励起させることができる。酸素原子はすこし励起して波長630ナノメートルの光を出す。人の目には赤く見える。

高度およそ100から150キロメートルの辺りは大気の密度が高く、エネルギーの大きい電子でないと酸素原子を励起させられない。酸素原子は大いに励起してより波長の短い557.7ナノメートルの光を出す。人の目にはこれらの色が混ざり合って緑色や緑白色に見える。高緯度地域ではたいていこの色のオーロラが見られる。

高度およそ90から100キロメートルの辺りまで到達するにはよほどオーロラ活動が強くなくてはならない。この高度では酸素よりも窒素のほうが多いため、窒素原子が励起して585.4ナノメートル以下の赤や青の光を出す。人の目にはこれらの色が混ざり合って、緑色のオーロラのカーテンの縁に、ピンクまたは赤紫のフリルが附属しているように見える。このように、降り込む粒子のエネルギーが高いほど、平均的なオーロラの発光高度は低くなる。

太陽活動現象が活発なときは、たまに日本や中国、西欧のような低緯度地方でも赤いオーロラが観測されることがある。これは磁力線が低緯度側にふれることや、中低緯度地域になると地球の丸みのために上部の赤いオーロラしか見えないこと、オーロラの発光部分の上端が1000km以上に伸びることなどと関係がある。

明るさはレイリーで表される。おおよそ1700レイリーくらいが肉眼で見えるかどうかの境目である。オーロラの明るさを照度で表すと、普通のオーロラは0.1–0.01ルクス程度である。最も明るいオーロラでは数ルクスほどになり、満月の明るさに匹敵する。ただし、満月が出ていてもオーロラを見たり撮影したりすることはできる。


a0028694_9205259.gif形と分類

オーロラの形はよくカーテンに例えられる。これは下端がはっきりしていて襞があることに由来する。下端は飛び込んでくる粒子の限界高度が、襞は磁力線の方向が可視化された結果である。カーテンの、東西の長さは数千キロメートル、厚さは約500メートル、下端は前述のとおり地上約100キロメートル、上端は約300から500キロメートルである。オーロラの活動が活発なときには上端は1000キロメートル以上の高さになる。

オーロラの形にはバンド(帯)、コロナ(冠、放射状)、アーク(弧)、レイ(細い線)、トーチ(松明)、バルジ(腫れ)など様々な形がある。しかし、これらは単にカーテンの襞のサイズや数、カーテンの歪み方やねじれ方、曲がり方のみで区別されているだけであり、オーロラそのものの種類が複数あるわけではない。例えばコロナ型オーロラはカーテンが反物のように巻かれ、観測者がちょうど真下に立っている時に観測される。なおこれとは別に点滅するオーロラもあり、脈動オーロラと呼ばれる。


a0028694_9205259.gifその他の波

オーロラ領域から観測される電磁波は可視光だけではない。紫外線や赤外線、さらには「オーロラキロメートル電波 (AKR)」と呼ばれるキロメートル帯の電波など、様々な波長の電磁波が観測されている[† 2]。電磁波以外にもオーロラはヒトの可聴域よりも下の音(可聴下音(英語版)、20 Hz 以下)を伝えていることが1960年代から知られている。オーロラが可聴音を発しているのではないかという点に関しては後述。


a0028694_9205259.gif電流と磁場

オーロラの元である太陽から流れてくるプラズマと地球磁場とが相互作用することにより、起電力が生じる。これはMHD発電と同じ原理であり、太陽風と地球の磁気圏がぶつかるところで発電されている。太陽風の速さをv km/s、磁束密度をBナノテスラ、そして真北を0度とした時の太陽風の角度をθとすると、オーロラの発電力Pは以下の式で表される。

この「発電所」の出力はおよそ100万メガワット、出せる電圧はおよそ100キロボルトであることがわかっている。太陽の活動が活発なときはおよそ1億メガワット出力できることも分かっている。なおこれらの電力と電圧から、電流はおよそ1000万アンペアと算出されるが、オーロラ内を流れる電流はその内の数百万アンペアである。電流の強さとオーロラの明るさはおおよそ比例するが、絶対に比例するというわけではない。

オーロラが光るぐらいの高さは電離層という領域で、太陽の出す紫外線やX線により大気成分の一部がその名の示すように電離している。つまり電流が流れやすくなっている。オーロラを発生させる粒子が降ってくると、さらに大気が電離し、オーロラが明るい場所を中心に電流が流れる。つまり、上記の「発電所」と回路が繋がることになる。ファラデーの電磁誘導の法則から分かるように、電流が流れると磁場が変化する。オーロラ電流による磁場の変化を読み取ることにより、極地に居なくてもどれくらいのオーロラ電流が流れているか算出することができる。

オーロラが引き起こした電磁場の変動により被害が出たこともある。例えば磁場の変動により変電所の変圧器に誘導電流が流れて壊れ、その結果停電が起きたり、パイプラインに誘導電流が流れて腐食したり、伝書鳩が正しい方向へ向かえなくなったりしたことがある。またオーロラの電流が通電する電離層は、電波が伝送・反射する領域でもあるため、オーロラとともに電波障害が起こり、航空機と空港の間で無線連絡が難しくなることもある。


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さらにオーロラの電流により電離層の大気が誘導加熱され、熱も出る。上記のオーロラ発電機の出力はこの熱から算出されたものである。オーロラの熱が赤道近辺まで届く大気振動を起こしていることも分かっている。オーロラの熱が水平方向に伝播して気圧配置に関わる可能性も指摘されているが、あまり研究は進んでいない。

オーロラに伴って発生した熱によって大気が膨張し、そこへ人工衛星が突入することがある。大気の密度の違いによって、膨らみに突入した人工衛星の軌道が変わり、墜落したことも何度かある。

a0028694_9205259.gif見られる場所

オーロラは完全な両極点近傍ではあまり発生しない。地磁気の緯度でいえば、昼側では75度を中心としておよそ77度から78度のあたり、夜側では65度を中心としておよそ68度から70度のあたりに、地球の磁極を取り巻くドーナツ状の領域に発生する。オーロラの発生している領域を「オーロラオーバル」と呼ぶ。そしてオーロラがよく発生する領域をオーロラ帯(オーロラベルト)という。

地磁気の緯度でいえばおよそ60度から70度のあたりである。オーロラ発光の原因であるプラズマ粒子がほぼ磁力線に沿って動くという性質を持っていることと関係している。オーロラを起こす粒子が主要な供給源であるプラズマシートから地球電離層まで磁力線に沿って進入すると、このドーナツ上の領域にたどり着くため、そこでオーロラが発光しやすいのである。最もオーロラの見られる頻度が高い地域では、一年に250日くらい見える。つまり、白夜ではない夜ならばほぼ毎日見られるのである。オーロラの活動が活発なとき、オーロラオーバルは大きくなり、より低緯度側に現れる。

カナダのイエローナイフやユーコン準州のドーソンシティ、アラスカのフェアバンクス、スウェーデンのキルナがオーロラがよく見られる場所として有名で、多くの観光客や写真家が訪れる。

南極の昭和基地はオーロラ帯の真下にありオーロラがよく見られ、ロケット、衛星、地上光学機器、レーダーなどを使った観測が行われている。第一次越冬隊(1957年)では徹夜でオーロラを普通のカメラで撮影し変遷や角度をメモするだけであった。その後研究設備が充実するにつれ、レーダーや磁気計や全天カメラによる自動観測を行ったり、オーロラの発光している空域へロケットを打ち込んだりしている。

1980年代に開始された人工衛星による観測で、まるでオーロラベルトの直径を示すかのように夜側から昼側へ延びる形のオーロラが発見され、その形からシータオーロラと命名された。

a0028694_9205259.gif共役点

オーロラは北極と南極で同じような形態(色や形)で発生することが知られている。これは同一の磁力線に沿ってオーロラを起こす粒子が同時に降下するからである。このように同じ磁力線で繋がっている地点を共役点という。共役点は地磁気の経緯度が同じである[112]。オーロラ帯の下にあって、地磁気の緯度が同じで、なおかつ南北共に陸上である地点は、地球上ではかなり限られている。

1970年代頃、日本の昭和基地の共役点は運良く陸上に、アイスランドのレイキャヴィーク付近にあったため、1980年代にアイスランド大学と協力して昭和基地とアイスランドでの同時観測を開始した。その後2010年には昭和基地の共役点はアイスランド島を出ていってしまったが、共役点観測は2013年まで続けられている。観測の結果、同じような形態のオーロラを観測することもあったが、形態の異なるオーロラを観測することもあった。共役点でなぜ違うオーロラが発生することもあるのかについては、未だ解明されていない。


a0028694_9205259.gif地上の寒さとの関係

オーロラは地球の高緯度地域でのみ見られ、主に冬に、特に寒い日によく見られる。しかし前述のとおりオーロラは大気圏上層で起きる現象であり、地上の気温は関係ない。

高緯度地域で現れやすいのは地球のオーロラ帯がたまたま高緯度地域にあるためである。夏にあまり見られず冬に見られやすいのは高緯度地域の極夜および白夜のためである。寒い日に見られやすいのは、晴れた日には放射冷却が起こりやすいので、オーロラが綺麗に見られるような快晴時は寒くなりがちなためである。


a0028694_9205259.gif日本国内での観測

稀ではあるが日本でもオーロラを観測できることがある。太陽の活動が活発な時期(後述)には北海道や本州北部で、肉眼では観測しづらいほどの弱光ながらも、赤いオーロラが出現する。北の空を染める赤いオーロラを見た住民が山火事と勘違いして消防車が出動した記録もある。1958年2月11日には北陸から関東にかけて、さらに1770年9月17日には長崎でも観測されたという記録が残っている。

北海道の陸別町は1989年10月にオーロラが出現したことを契機として、オーロラを観光資源の一つとしている町である。町域にSuperDARN(スーパーデュアルオーロラレーダーネットワーク)の短波レーダーがある(北海道-陸別HFレーダー)ほか、道の駅オーロラタウン93りくべつがある。

見られる機会が非常に少ない現象ではあるが、日本語では古来「赤気(せっき)」という名前がついていた。最古の記述は日本書紀まで遡り、推古天皇の統治時代には、「天に赤気があり、その形は雉の尾に似ていた。長さは一丈(約3.8メートル)あまりであった。」という記録が残されている。藤原定家の明月記にも、「北の空から赤気が迫っってきた。その中に白い箇所が5個ほどあり、筋も見られる。恐ろしいことだ。」と、オーロラのことだと推定される記録が残されている。
(wikipedia)


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by nanasan1029 | 2012-09-27 22:51 | オーロラ:オーロラ天使